那古野 四間道

過去・現在
そして半歩先へ

 那古野界隈の町並みが形成され始めたのは時を遡ること400年前、名古屋城築城の際に作られた商人町です。その地区を通る道幅4間(約7m)の道が四間道と呼ばれ、その道を挟んで東側に土蔵、西側には町家が建てられました。清洲越えで移り住んできた豊かな商人たちが住んで活気にあふれていた町は、今でも往時の名残をとどめる景観が随所に見られます。しかしながら、当時数百件あったと言われる土蔵は残すところ十数件になり、町家も壊され江戸の人が驚いたと言われるほど活気のあった町の面影は感じられなくなっています。

 現代社会では、経済性・合理性という名の元に乱開発が進み、この地区にあるような歴史的な町並みが少なくなってきました。社会から求められるニーズの変化もあるかもしれません。私達の取り組みがこの町にとって必要か否かは私達で決められることではありませんが、このような町を残したいと強く願っています。

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那古野と人

  • 那古野と日本料理那古野 みつ林
  • 那古野とイタリアンecco
  • 那古野とバーテンダーねじ錐
  • 那古野と鉄板料理ヴィボーテ
  • 那古野と天ぷら松月
  • 那古野と肉割烹如雲
  • 那古野とフレンチ四間道レストランMATSUURA
  • 那古野と熟成古酒エルヴァージュ
  • 那古野とオーダースーツデフェール
  • 那古野とスペイン料理コメドール キト

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