匠と伝統

column

第四回

ストーリーをつなぐ
建築設計と街づくり

街に寄り添う建築家――市原正人さん

文=横澤寛子
写真=若林聖人

「私が那古野という街に惹かれるようになったのは20年ほど前。屋根神様のある家屋の改修に携わらせていただいたのがきっかけです」。
 そう語るのは建築家の市原正人さんだ。商業施設をはじめ、住宅の設計や家具のデザイン・製作を手がける市原設計事務所の代表で、那古野や円頓寺商店街でも様々な建物に携わってきた。例えば、醸造蔵が営む『SAKE BAR 圓谷』。江戸時代の米蔵を活かした店舗は、看板のサイズや電灯の光量は最小限に抑えられており、驚くほどひっそりとしている。
「土壁をコーティングするなど、補修こそしましたが、建物の姿をそのまま残したくて。外側も内部もほとんど変えていません」。
このように市原さんが改修した古民家は、その建物の歴史を大切にしているものが多い。2018年5月、円頓寺商店街にオープンしたボルダリングハウス併設のゲストハウス『なごのや別館』も同様だ。

「全部建て替えた方が、建築費も抑えられたと思うんです。でも、見慣れないボルダリングハウスがいきなりできても、近所の方が驚きますよね。だから内部こそ耐震構造にして大改装していますが、ファサードはそのまま。側面のタイルやトタンを貼り替えて、きれいに仕上げただけなんです。すると、街の人が足を止めて、『ここは昔、電気屋さんでね。2階はピアノ教室もやってたかな』と懐かしそうに会話している姿を見かけたりして…。今までのストーリーをつなぐことで、コミュニケーションが生まれると感じています」。

市原さんが手掛けるのは、建物だけではない。『なごのや別館』横の路地にも気を配る。反対側の建物と色合いを合わせ、看板のバランスを整えられた路地は、そこを歩くのが楽しみになるような雰囲気が見事に作り上げられている。円頓寺商店街のアーケードに設置したソーラーパネルも市原さんの提案だ。200枚近くあるパネルは、エネルギーを生み、商店街を運営する一助となっている。
 今でこそ、店舗も続々とオープンし、注目されている那古野界隈だが、少し前まではそうではなかった。当時から、市原さんは商店街や那古野で、自身がオーナーを務めるギャラリーショップ『P+EN』や、バー『ホンボウ』を営んできた。
「建物をただデザインするだけでなく、建てたあとのことも考えていきたい。自身で店を営んでいると、そういったことも見えてくると思うんです。あ、バーはお客として立ち寄ることもあります。街づくりの中で、楽しみも見出さないとね」。

18年11月には、設計を担当している店舗が完成。順次オープンしていく予定だ。中庭を配した建物は、窓から見える四間道の風景とリンクするようなデザインで、訪れる人たちの癒しの場となるだろう。この建物に対する考えを伺った。
「この界隈には、100年以上前に作られた建物が在り続けています。だからこそ、それらを表面だけ真似ただけでは単なるレプリカになる。次の100年、200年と愛され続ける建物を作りたいと思っています」。
まだまだ街づくりに貢献し、勢いが止まらない市原さんだが、今後の目標などは特に設定していないのだという。それより、最も大切にしていることが “街に寄り添うこと”なのだと、そっと教えてくれた。