column
第六回
伝統を昇華させ、
新たな境地に至る
新時代の作り手たち — — 岩田康行さん×深田涼さん
文 = 大川真由美 写真=朝野耕史
2020年5月に誕生した『那古野茶房 花千花』には、女将である元花千佳さんをプロデューサーに、さまざまなジャンルの職人、作家、アーティストが参画している。お茶や和菓子を愉しむとともに、伝統工芸品も、現代作家の作品も実際に手に取って触れることができるのだ。ここは、集う人々が新しい気付きを得られる場所。そして、次の100年に繋がる新たな伝統に挑む、作り手たちの思いが詰まった場所だ。
そして、モダンな印象を与える抹茶碗を手掛けたのは陶作家の深田涼さん。「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」で発表された「旅する茶碗」シリーズが高評価を得てグローバルに活躍している作家の一人だ。元花さんがある日互いに共通の友人に点ててもらった時の一服の抹茶に使われていた茶碗が深田さんの作品だった。深田さんは、社会人になってから瀬戸焼の魅力にはまり、陶作家になった異色の経歴の持ち主。「瀬戸に生まれ育ち、瀬戸焼は身近なものでしたが小さい頃は興味がなくて。陶作家として独り立ちするとは夢にも思ってなかったんです」と笑って話す彼女の武器は、鮮やかな色使いだ。細部まで綿密に計算し化学的な検証から狙った色を出す徹底したデータ主義で釉薬のレシピを導き出し、モダンかつ瑞々しい感性に溢れた器を作り上げていく。「茶房で使用されている抹茶碗は、『旅する茶碗』をベースにした作品。季節の移ろいを色で表現しており、実際にその季節に使ってもらえるようになっています。季節によって、形も変えました」地元の産業に誇りを抱きながらモダンな感性を発揮する深田さんの在り方はどこか、古きと新しきを融合させるように進化を続ける那古野の街に似ている。
茶房の新メニューとして準備中の和風アフタヌーンティーに欠かせないティースタンドを手掛けたのは、『岩田三宝製作所』の岩田康行さん。江戸中期より代々続く神具職人の家に生まれ、神様へのお供え物を載せる台として使われる三方を主に製造している。「物心がついた頃から工房が遊び場でした。厚みのある木材を曲げる三方作りの技術は、他にない特異なもの。従来の用途における需要が減っていく中で、この技術を応用したテーブルウェアや日用品をいろいろと考案するようになりました」。そうして最初に生まれたのが、木曽檜で作られたボトルクーラーやコースターだ。三方の様式美を感じさせるビジュアルと、現代の生活スタイルに沿った機能性。古い街並みに調和する那古野の名店にもこぞって受け入れられ失われつつあった伝統技術に新たな道を示した。茶房のオープンに際しては、元花さんと何度も打ち合わせを重ね、茶器を収納するための折敷などもオーダーメイドで製造。更なる可能性を見据え、今は海外への発信にも意欲を燃やしている。
先人に習い反復することで技術を習得してきた岩田さんと、独自に研究を重ね理論的に色を生み出す深田さん。作り手としての在り方は正反対に見えるふたりだが、作品作りの発想は共通していた。岩田さんは東別院のてづくり市で、深田さんは各地で行われる催事で、エンドユーザーと話し、さまざまな気付きを得てその作風を発展させてきたのだ。この柔軟な姿勢が、元花さんの目指す茶房の在り方、エネルギッシュな那古野のパワーの源である“古いものと新しいものの融合”にピタリと合致。ふたりが声を揃えて言うように「実際に使う人の意見や感想から得るものが大きい」のであれば、茶房での経験が、これからの作品作りに良い影響を与えるに違いない。「茶房に集うお客様、スタッフ、そして作り手たち。それにとどまらず那古野の街全体を巻き込んで、経年変化を楽しむように、みんなで育っていけたら素敵ですね」とは、茶房に関わる一同に共通する想い。新時代の匠たちが至る新たな境地を、ここ那古野で見届けたい。