匠と伝統

column

第八回

独創的な発想で
小さなスペースに
「広がり」を表現

新たな視点を提案する建築家—矢田義典さん

文=河野好美 写真=若林聖人

空間については、平面的に2坪しかないこの場所でいかに「広がり」を感じてもらえるようにするかを考えたという矢田さん。一つには、引き戸にして建具の全てを収納できる状態にしてオープンに。また、「真っ直ぐに並べて取り付けられていることの多い格子で何か面白いことができないか」といった考えから、天井には楕円を中心に長さの違う格子を放射状に並べて配置。和傘をイメージしたというこのデザインは、広げた和傘が人々を優しく包み込むような雰囲気を醸し出すほか、天井の上には屋根があり、屋根の上には空があるように上へ上へと昇っていくようなイメージが膨らむ。さらには、目の錯覚を利用することで、共用部分の空間をよりダイナミックに見せるよう工夫されている。

 柔らかな印象の天井とは対照的に鉄を使い、見る者にシャープな印象を与える螺旋状の階段。
「今回は見せる階段ということで、綺麗に見える階段にしたかった」との思いから縦横の線をうまく使い、真横から見た際に桧の踏み板が浮いているようにデザイン。後ろの壁は土壁、階段の脇に鉄の細い柱を配置することで、引き戸を全開にした時に、床の間のように見える独創的な空間を実現した。
この豊かな発想は、名城大学Ⅱ部建築学科を卒業後、愛知県立芸術大学美術学部デザイン工芸家スペースデザイン専攻大学院へと進んだことでデザインの幅も広がったという矢田さんならではといえるだろう。

現在進行中の『四間道角地プロジェクト』では、洋風の木造家屋の外観を賑わいのある円頓寺のアーケード側と伝統的な町並みが続く四間道側とで表情を変え、角地としてのつながりを大切にした和モダンな建物が誕生する予定だ。
「15年ぶりに見た那古野は、遠方からのお客さんが多くなって、賑わいのある町になっていました。さびれた印象のあった昔とは違っていたことがとてもうれしかったです。そんな伝統と新しさが融合させることで発展を続ける那古野とは、設計を通し長く携わっていけたらと思っています」と笑顔で話してくれた。

 地下鉄桜通線国際センター駅2番出口から桜通を栄方面に足を進めた1本目。円頓寺商店街へと向かう通り沿いにある築90年という古民家長屋の中の1軒が新スポットとして生まれ変わろうとしている。1階と2階に1店舗ずつが入店予定というその建物の共用部分の設計を担当したのが『矢田義典建築設計事務所』の矢田義典さん。オーナーの「古民家長屋と同じブロックにある建築事務所さんだったことを第一に、この那古野エリアの開発にあたりいろんな設計士の方に参加してらったら面白いのでは」との思いから矢田さんに白羽の矢が当たった。

設計するにあたり、矢田さんが特に意識したのが、「左官や木材といった自身の好きな素材をうまく引き立てながら、あまり華美に目立つことなく、町と調和するにはどうしたらいいのか」。このような思いから格子の木と木の間隔や高さ、固定方法など那古野エリアの町並みにある格子を半年間も見て回り研究。外壁を黒漆喰にした理由についても、「オーナーからのリクエストというのは勿論ですが、自身の事務所兼ショップを建てる際に全国的にも有名な左官職人の久住有生さんと一緒に那古野散策したことがあったんです。その時に久住さんから“黒漆喰がすごく綺麗な町ですね”との言葉をいただいたこともあり、那古野の美しい町並みを形成する大きな要素だと考え採用を決めました」。

また、「最初に緻密に計画して、完璧に設計していくのは建築家にとってまっとうな世界だなと思うんですけど、古い建物とか、新築でも、現場の職人さんなどと話をする中で、ヒントをいただきながら、即興的に変えていくことでより良い方向に向くのであれば、それは凄く大事なこと」と常々考えているという矢田さん。「今回の物件でも内装に携わる『n.e.c.o』の井田さんと一緒にお仕事をさせていただいて、個人的にもいい勉強になりました」と笑顔で話してくれた。

「僕が最初に那古野を知ったのは事務所を構えようと物件探しをしていた7年前。それまで20年間ほど名古屋に住んでいましたが全く知らなくて。名古屋にもまだこんな細い路地が残っていて、古い長屋がある場所があるのかと感激したのを覚えています」と振り返る。
 「この美しい町並みを末永いものとしていくには、現在の風景を壊すことのないよう歴史を踏まえつつ木だけじゃなく最新のマテリアルを使うなど、新しい視点を持つといった多様性が大事」。この多様性についても「機会があればぜひご提案させていただき、みなさんと共にこの町に貢献できれば。この地でお世話になっている僕らでもありますから」。