那古野とバーテンダー

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ねじ錐

こだわりの空間で
めざすは那古野の
名物バーテンダー

 引き戸を開けた瞬間、目に飛び込んでくるのは和と洋が調和するレトロモダンな空間。アンティークなテーブルやイス、昔懐かしい和箪笥、壁に飾られた浮世絵が全体の雰囲気にしっくりとなじんでいる。この店のコンセプトは“古い日本家屋の洋館”だと主人の斎藤泰史さんは話す。「都心から少し離れて静かに飲める場所ですからひとつひとつのインテリアやグラスにもこだわりました。僕にとってバーとは日常から離れてゆっくりとお酒の時間を楽しむ特別な場所でありたいので」。そんな斎藤さんのセンスに感動し、「名古屋ではなかなかないお店ですねとおっしゃってくださるお客様もいらっしゃいます」ともいう。

 金沢出身の斎藤さんは25歳からバーテンダーになり、さまざまな店で腕を研鑽。名古屋に来て最初に好きになったのがこの街だという。「金沢のことが好きじゃなくて出てきたのに、気がついたら金沢に少し似ているこの街に惹かれました」。古い家が連なる路地裏や人々がのんびりと行き交うアーケード街など、どこを切り取っても風情がある那古野がすっかり気に入って、ここに念願の店を開いたのだ。

極上の一杯との一期一会を
細やかに演出

 ここで楽しめるお酒はショットからカクテルまで多種多彩。中でもスイスのアブサン発祥の村で作られる正統派のアブサンは評判の一杯。植物と一緒に蒸留したお酒で、ゆっくりと水を加えることで植物などの油分が反応して白濁し、まろやかな飲み口に仕上げるという。立ち上るハーブの香りも芳しく、口にするほどにその美味の虜になる。
 またアルプスの高山地帯で育つヨモギを原料としたイタリアのジェネピも珍しいリキュールのひとつ。さらりとした甘さとハーブの香りの余韻が長く、カクテルでもそのまま味わってもおいしい一杯だ。
 こうしたお酒の魅力に、より一層華やかさを添えるグラスも、斎藤さんが一つひとつ吟味したもの。「グラスはお客様が直接手に触れるもの。だからこそ見た目がすばらしくても、持ち味がよくないものは選びません」。またグラスを手にする前にそこに注ぐ酒をイメージして、持った瞬間に判断するとも。酒、グラス、シチュエーション、そのすべてのバランスが合っていることが極上の一杯の条件だという。

 そんな齋藤さんのお酒へのこだわりもまた特別。「通常、普通のバーですと、バックバーに300本は並んでいるものですが、うちには200本もありません。なるべく、一般の方が飲む機会の少ないお酒や酒屋ではなかなか簡単に買う事のできないものを中心に選りすぐりのお酒を用意しています。本当に飲んでもらいたい、あるいはわざわざここへ足を運んでもらう意義がある酒を提供したいと思っているからです」。なるほど、珍しいロンドンのジンや1975年代の希少なマール、アルプスの高山地帯で育つ野草を使ったイタリアのリキュールなど、聞くだけで飲んでみたいラインナップだ。「飲んだことのない一杯、新しい味に出会える、そんなバーでありたいと思っています」と斎藤さん。「まずはここで20年続けることが目標。60歳になったら那古野の名物おじいさんになりたいですね。さらにはこれから、同業の人々とアイデアを出しあって、この魅力的な街をもっと盛り上げていける活動などをしたい」と目を輝かせる。