那古野とタルト

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biquette 四間道店

タルトの名店として知られる
『biquette』の四間道店は
庭園と洋菓子がテーマ

 千種区で人気を博す『biquette』のオーナーパティシエの小泉旭さんが浅間神社の南側にあるこの場所に2号店を出したのは、本店を手掛けた工務店にテナントのオーナーを紹介されたのがきっかけだったという。「はじめてこの建物の図面を見せてもらった時、庭ありきの店なんて今までに見たことがなく、素直にこの場所でやってみたいという思いが沸き上がってきました」。

 庭づくりにあたり、小泉さんが思い描いたのは京都にある大仙院の庭。「そこは枯山水の庭なんですけど、初めて見た時は本当に凄いと感じました。特に、硬い岩の迫力とやわらかさを感じる植物がマッチした世界観が良かったんですよね」。店内に入ってすぐに目に飛び込んでくる大きな岩、黒松、苔、シダ、モミジを配した同店の庭は渓谷をイメージしたもの。そこには、小泉さんの希望を取り入れながら、庭づくりに取り組んだオーナーの小泉さんに対する「混沌とした時代のなかで、個性を活かして突き抜けてほしい」という思いが込められている。迫力のある岩の合間を、柔らかな苔で水の流れを表現し、年が経つごとに苔が庭の表情が変えていく仕掛けになっています。

豊かな発想で作られる
唯一無二のタルトが
スイーツ好きの大人を魅了

 グレーを基調に、和と洋がほどよく融合した店内のショーケースに並ぶのは、熊本県産の熊栗と茨木県産の和栗、ヨーロッパの栗の持ち味をいかし、生クリームにコニャックを入れることで余韻が残る味わいに仕上げた「モンブラン」。キールアンぺリアルというカクテルのジュレの上に、イチゴやブドウ、ディルやローズマリーなどのハーブを飾った「ルージュ・ソヴァージュ」。イチゴの酸味と発酵ミルクのコクに加え、ココナッツパウダーの香りが後を引く「苺と発酵ミルク ココの香りで」といった目にも鮮やかなタルトたち。誰もが簡単に作れるタルトだからこそ食べた時の「味わい、食感、香り」のバランスを大切にしているという小泉さん。生地がおいしいと言ってもらえるよう目立たないアーモンドクリームの生地にこだわる。さらに、一般的な生クリームやカスタードクリームではなく、酸味のあるフロマージュブランを使うことでフルーツの甘みが緩和され、さっぱりと食べやすいタルトに仕上げている。

このタルトづくりの根底にあるのは、南フランスのエクサンプロヴァンスのレストランでパティスリーややパリのレストランで働いた3年間の学びが大きいという。「一緒に働いていた料理人たちの素材ありきで料理を完成させる豊かな発想力に衝撃を受けました。この時の経験をきっかけに、フルーツにハーブを合わせたり、感覚を頼りに素材を組み合わせ新たなタルトを完成させるなど、自身も豊かな発想ができるようになりました。また、本店をオープンする際に、通常のパティスリーの生菓子より、タルトに特化し、それを工夫させて昇華させたお店を出そうと決められたのもフランスでの経験があったお陰だったと思っています」。

 実家が洋菓子店だったこともあり、手に職をつけようと思い福岡の洋菓子店で修業。その後、東京の名店として知られた『シェ・シーマ』で働いたご縁で会話も読み書きもままならないまま南プロヴァンスへ。海外暮らしで日本文化の素晴らしさを再認識し、日本に帰ったら京都に住もうと思ったことをきっかけに、ウェスティン都ホテル京都でも働いたというほど昔から自身の思いやひらめきに忠実に行動する小泉さん。給料が14~15万ほどしかなかった修業時代に一目惚れし、ローンをしてまでも購入したロバート・ハインデルの版画絵が店内に飾られているのも微笑ましい。これら、思いの詰まった絵や庭を眺めながらゆったりと過ごせるイートインスペースも用意されている。

 「伊勢市出身の僕が、最初に那古野界隈を訪れた時は、おかげ横丁に似ているなと思いました。名駅近くにこんな歴史ある場所があることも驚きでした」。四間道店では、女性や子どもを対象とした本店とは違い、シェーブルチーズなどマニアックな素材を使って日本人の口に合うように仕上げたタルトも販売する。「自身の個性を表現できるタルトが出せるこの場所でやれていることに幸せを感じています。このことに感謝し、今後は風情あるこの街並みを世界に発信し、那古野を名所にしていきたいです」。