那古野とバーテンダー

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Bar
Nave

辿り着いた者だけが知りえる
オーセンティックな
大人の空間

 歴史を感じる土蔵と町家の景観が美しい四間道の1本西側。その裏路地にオープンした『Nave』は、店へと続く階段下に設えられた小さな和庭園が目を引く、建物の2階にある正統派のバーだ。階段を上った先にある格子戸をくぐり店内へと入ると重厚感のあるもう1枚の扉が待ち受ける。「扉をあえて2枚にしたのは店内の全貌が見えないように工夫し、日常から非日常へと誘われるようなワクワクする感じを演出したかったから」とオーナーバーテンダーの清水宥介さん。その狙い通り、店の奥までたどり着けた初来店の客からは思わず「わぁ」という声が漏れるほど。

 そんなこだわりの店内には、ルネッサンス音楽が静かに流れ、極力照明を落としたダークな空間に浮かび上がる約6mもあるアフリカンチェリーで作られた1枚板のカウンター。イギリスの教会で実際に使われていたという100~150年前のアンティークのガラスや照明、教会の門などオーセンティックなものが醸し出す落着きある異空間が広がっている。

散りばめられた
多くの仕掛けで
お客様が喜ぶ
至極の一杯を提供

 実家のある浜松市でバーを経営している叔父さんの楽しそうに働く姿に憧れてバーテンダーを目指したという清水さん。技術の向上を目指し、10年間研鑽を積んだ名古屋マリオットアソシアホテルのスカイラウンジ「ジーニス」やバー「エストマーレ」時代の2017年には、HBA(日本ホテルバーメンズ協会)主催の「Tokai Cup Cocktail Competition」で優勝するほどの実力者でもある。

 ステアリングで氷を溶かしながら加水し、-20℃のジンを人がおいしいと思う温度-5~0℃まで上げていくことで香りを際立たせたキレの良いマティーニ、口に運んだ瞬間、スミレリキュールの甘く華やかな香りにうっとりとさせられるブルームーンなどの定番のほか、カクテル名がわからないお客様にはその日の気分や好みを聞き、最適な1杯を提供する。それぞれに個性を放つグラスに注がれるカクテルに使う素材には、季節のハーブやフルーツを生のままシロップに漬け込んだ自家製の濃縮ドリンクのコーディアルや自家製酒のインフューズ、料理の手法や機材を使い、素材の持ち味を生かしたミクソロジーといったトレンドにも幅広く対応。フレッシュカクテルに使う宮崎県産の日向夏や沖縄のパッションフルーツなど季節の果物は、信頼のおける果物店の目利きのきいたものだけを使用している。

 名古屋マリオットアソシアホテルで働き始めた頃より、自身で店を持つことを決めていたという清水さん。当時よりコツコツと集めていたウイスキーは実に200本以上にも。現行品を大切に、オールドボトルやヴィンテージ、ボトラーズ、国産など今となっては高額となってしまったウイスキーも数多くある中、購入した当時の価格で提供しているというのも清水さんの人柄が感じられるエピソードだ。そのほかジンやラム、ブランデーは「新たな発見をしてほしい」との思いからなるべく珍しいものを取り揃えている。これらのボトルは、「お客様との会話の中からおすすめのお酒を提案したい」との思いから、あえてキャビネットタイプの棚に並べ、ボトルが見えないように工夫しているという。ウイスキーにしても、ほかの酒にしても上質な味わいと残り香の余韻を楽しむことのできる個性的なボトルを幅広く仕入れ。購入する際の清水さんのさらなるこだわりというのが「ラベルが楽しいものを」とのこと。カウンターに座り、いろいろなボトルを眺めながら過ごせないのは少し残念な気もするが、注文をした際に目の前に並べられるボトルに貼られた歌川国芳の「禽獣図絵 龍虎」、恐竜やダンスのシーンなどが描かれた希少なラベルをしみじみ眺めながらグラスを傾けるのも一興だ。

 「物件は伏見や名古屋駅周辺で1年半ほど探しました。ここ那古野エリアに出店を決めたのは、イギリスの教会をテーマとした店内と日本の古い街並みが広がる外とのギャップが面白いと思ったから」。また、申し込み後に感じた地域の方々の「那古野と四間道エリアを盛り上げていきたい」との強い思いに感銘を受け、「僕自身も歯車の一つとして頑張っていきたい」との思いが芽生えたからだという。
「正直、このお店は知らないと入りづらいと思います。2枚の扉を開け、勇気を出してカウンターまでたどり着いてくれた方にはとにかく親切にしていきたいと思っています」と答えてくれた清水さん。その表情は、シェイカーを振る際のきりりとした表情とは正反対のやわらかな笑顔。この笑顔につられて、ついこちらも笑みがこぼれてしまうことだろう。
店が開くのは17時。近所にある名店で食事を愉しんだ後にもう一杯というのも勿論だが、食事前の待ち合わせ場所としても覚えておきたい大人の極上空間が誕生した。