那古野とフレンチ | PHYEON

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PHYEON

曲線と庭が織りなす
非日常空間で出会う
未来への食の舞台

那古野に暮らす人々にとって守り神のような存在の浅間神社。
その西側に佇む、風格を漂わせた日本家屋の1階に『PHYEON(フィオン)』が誕生したのは2024年12月のこと。オーナーシェフ・山内賢一郎さんが、さらなる進化と自身の哲学を体現するために開いた、新たなる挑戦の舞台である。

扉を開けると、真っ暗な洞窟を思わせるアプローチ。ほのかに灯る光を頼りに湾曲した通路を進んだ先には、落差3m、長さ15mほどの滝を有する見事な庭と、自然界にはない直線を排除した唯一無二の空間が広がる。
最大10名限定の無垢の木材(ヒノキ、タモ、ケヤキ、サクラ、ナラ)によるダイニングテーブルと、ステージのような厨房とが一体化した空間は、まるで森のくぼみに迷い込んだかのような非日常に誘ってくれることだろう。

「より安心・安全で皆様の身体にとって糧になるものを」との思いから、使われている食材は、山内さん自身が北海道から沖縄まで現地に足を運び、選び抜いたものばかり。自然栽培の野菜は、肥料や農薬に頼らず、土地本来の力で育まれたものを。牛肉はアニマルウェルフェアを意識して、広大な牧場でストレスなく育った牛を使用している。

「食材には育つ土壌や水、風、そして育てている生産者さんの思いが宿っています。だから僕は、ただ“おいしい”を提供するだけではなくその背景にある自然や人の営みまでも物語としてお客様に伝えていきたい。それこそが、これからのレストランの在り方であり食を提供する者としての使命だと考えています」。その思いを体現するため、コースは18時から一斉にスタートする。

 食材の保存方法にも妥協はない。店内に置かれた高電圧ピュア熟成庫で肉、魚をそれぞれ最適な状態で保ち、食材の旨味を引き出したものを使用する。香り高きハーブに至っては、調理の際に出た端材をコンポストに入れ、できた肥料を使って山内さん自身が育てたものだという。種類は多い時で20種類ほど。ここにも自然栽培の野菜や放牧牛と同じく、地球に優しいSDGsへの姿勢がそこにある。

ペアリングの妙により完成となる
“山内流”の料理が引き出す
ひと皿の深味と余韻に酔う

山内さんの料理のベースとなっているのは、幼少期から慣れ親しんだ母の味。その原点を軸に、腕を磨いたフレンチのエッセンスを加えたひと皿はまさに “山内流”。ジャンルにとらわれないメニューには料理名さえ記さず、食材の名前と料理をイメージした漢字のみ。こうすることで、どんな料理が運ばれてくるか待っている時のワクワク感と、皿を目にした瞬間の驚きがあり、食事をする時間がより一層楽しいものへと導かれる仕掛けとなっている。
この日に登場した放牧牛「時薫(じくん)」は、脂は少なくしっとりとした肉質で、何も付けずに食べても格別のおいしさ。さらに野菜と骨からとった旨味を凝縮したマデラソースと一緒に味わえば、これぞフレンチといったひと皿に。鮎「郷流(きょうりゅう)」は、山内さんの出身地・宮崎県の郷土料理「冷や汁」をオマージュした一品で、鮎の骨からとった出汁やキュウリ、胡麻のバランスが絶妙。また、液体窒素の煙が立ち上るなか仕上げられるデザートは、みりん「文化」、プリン「哀愁」ヨモギ「幽律」と、それぞれ異なる一皿が響き合いながら美味なるハーモニーを奏でる。

注目すべきは、ワインを料理と合わせるのと同じように楽しむことができるノンアルコールドリンクとのペアリングだ。例えば、放牧牛に合わせた黒豆茶ベースの一杯には、スパイスやキャラメリゼした砂糖、赤ワインビネガーが効かされ、芳醇な香りとすっきりとした後味が肉の旨味を引き立てる。鮎に添えられた「ミョウガエール」は、ピンクに透ける優美な見た目と、ミョウガやレモングラスが香る爽やかな飲み心地が魅力だ。「お酒にしてもノンアルコールドリンクにしてもペアリングは、ソースのような存在。料理と響き合うことで初めて、ひと皿として完成する」と語る山内さん。この思いを受け、ノンアルコールドリンクを手がけるのはソムリエの鍋山知里さん。「ノンアルコールドリンクでのペアリングを考えるとき一番気を付けていることは、料理とのバランスです。例えば、お茶は香り成分との相性はすごくいい。でも、味わいが軽いので、結局、料理の味のほうが勝ってしまうんです。それではバランスが悪いので、お酒と同じような厚みを出すために、ミルクや豆乳、オーツミルクとかフレッシュな果物を使って補います。いろんな要素で甘み、酸味、苦みがバランスよく料理とマッチするものを作るようにしています」と話す。ノンアルコールドリンクも、お酒を飲まない人のために設けられた特別な選択肢ではなく、誰もが楽しめる“もうひとつの味わい”として機能している。

共鳴する思いと使命を胸に
那古野から世界へ

山内さんが那古野を選ぶきっかけとなったのは、
「この場所を未来に残したい」という那古野のまちづくりへの姿勢を知ったこと。自身の信念である「食を通じて安全なものを未来へ残したい」という想いと呼応した。
「那古野といえば、高級店が集まってきているのも知っていました。でも、天邪鬼の僕は、みんなが集まってきている場所に出店するのはどうかなって、最初は思っていたんですけどね」と話す山内さん。しかし、この地に店を構えた背景には、自身の揺るがぬ“信念”と、那古野のまちづくりへの“共感”があった。

店には、象徴ともいえる滝のある庭がある。全国から集められたゴツゴツとした富士石の間に日本固有の松、桜、紅葉が植えられ、四季折々にその姿を変える。そこに鯉が滝を登って龍となる「登竜門」の故事になぞらえた仕掛けが施されており、滝が流れ落ちる池に鯉が泳ぎ、屋根には“龍”の文字が刻まれた鬼瓦が配されている。完成して間もないこの庭は、まだ成長の途中だといえる。この庭と同じように、「山内さんには成長を続け、唯一無二の料理人になってもらいたい」という建物のオーナーからの願いが込められている。

「僕の店は、この界隈でも海外のお客さまが多い方だと思います。
だからこそ、海外の方に来ていただき“那古野”を世界的に知ってもらうことが僕のもう一つの使命だと思っています」と話す。
自然を尊び、未来を見つめ、料理で語りかける『PHYEON』。
その皿の一つひとつには、確かな信念とやさしい情熱が宿っている。