蔦茂
控えめな入口の先にある
“裏勝り”の
美意識が息づく空間へ
大正二年創業、割烹料理旅館として歩みを始めた蔦茂。長年にわたり財界や著名人にも親しまれてきた老舗が、この地に移転オープンしたのは2025年2月のこと。110年以上もの歴史を刻む同店の暖簾を受け継ぐ九代目総料理長・山口孝朋さんが、移転先として那古野を選んだのは、偶然だったという。「移転を決めてから1年をかけて60件ほど物件を見てまわったんですが、なかなかいいところに出会えてなくて。そんな折、たまたまこのエリアをご紹介いただいたんです。初めて内見した時はまだスケルトン状態で。でも、この空間を見た瞬間に、中庭を挟んで個室とダイニングを設けるイメージが湧いたんです。それでここに決めました」。

入口は、初めての来店者だと通り過ぎてしまうこともあるほど控えめな店構え。だが、店内に一歩足を踏み入れると、ほの暗く長いアプローチ、その先には「未来への懸け橋」をコンセプトにした中庭があり、一番奥のメインダイニングへと案内される。ほの暗いアプローチを抜ける際のドキドキ感に料理への期待が高まり、奥へと続くその演出と広さに驚かされる。
「“裏勝り(うらまさり)”という言葉があります。表は質素でも、裏には粋やこだわりを潜ませる美意識。まさに、うちが目指す姿そのものです」と山口さん。通されたメインダイニングにもいくつかの仕掛けが用意されている。その一つが、旧店から持ち込まれたL字型のカウンター。山口さんにとっては愛着があるものであり、かつての店を知る客は懐かしさを感じながら旧店での思い出話に花を咲かせることだろう。また、カウンター脇に飾られた蔦にヤマガラを描いた重厚なガラス細工の絵。山口さんが選んだという図柄の一枚には、“雅”や“静けさの中の力強さ”が息づき、まさに裏勝りが垣間見える空間づくりがなされている。

また、個室はアンティーク調の照明が大正浪漫の趣を漂わせる空間。窓へと目をやれば、手入れされた庭の風景が広がる。
木々が揺れ、光と影が移ろうさまが一幅の絵のような美しい眺めが、食事の余韻をさらに深めてくれる。

研ぎ澄まされた手仕事
食材と技が響き合う
端正なひと皿に心奪われる
愛知県優秀技能者表彰「あいちの名工」の受賞や全国日本調理技能士会連合会で本部理事・師範などを務める料理歴40年の山口さん。料理人を目指すきっかけとなったのは、小学校2年生のころに祖母から教えてもらって焼いた玉子焼きだと話す。地元・愛媛の割烹旅館や日本料理店で下積み後、名古屋の中区にあった翠芳園で研鑽を重ねた。腕が認められ、28歳という若さで名古屋にある料理店で料理長に抜擢。2015年からは蔦茂の総料理長となった。
「美味しいのは当たり前。味はもちろんのこと、季節感や美しさをいかに表現するかを大切にしています」。その信念は、料理の一皿ひと皿に表れている。

たとえば、前八寸では、紫陽花に見立てた百合根、蛇の目傘のような細工を施した海老、下駄に模した人参など、すべての品に季節の移ろいと遊び心が息づく。また、天然の鮎を程よい大きさに切り、一度素焼きしたものを蒸して骨を抜き、素揚げしたものを身と一緒に提供する長良川鮎上新粉揚げ 蓼卸し。ここでは、「食べられるものはあますところなく仕事をして、味わってもらうことを心掛けています」とも話してくれた。
続く椀物は虎魚(おこぜ)の沢煮椀すっぽん仕立て。金の椀に名古屋の金シャチを思わせる虎魚の胸びれが浮かぶ。マグロ節と一昼夜水に浸し、夏場なら40分から1時間ほどコトコト煮出した利尻昆布からとる特製の出汁を、虎魚と沢山の野菜で仕立てた贅沢な一椀だ。

締めの釜炊き御飯は、鱧と玉蜀黍(とうもろこし)の香り立つ一品。米は新潟県産コシヒカリを使用し、研ぎを3回、透き通るまですすぐことで糠(ぬか)の臭みをとった米に、基本の出汁と鱧からとった出汁、少量の酒と薄口醤油、さらにコクと艶を出すために太白胡麻油を少量加えて炊きあげる。具となる鱧と玉蜀黍は、炊き込みではなく別仕込み。蒸らしのタイミングで、焼いた鱧と、茹でと焼きの2種類の玉蜀黍を丁寧に合わせることで、ふくよかな旨味を引き立てている。

素材と正面から向き合う山口さん。「魚は活〆にこだわります。出す時間を逆算して仕込み、魚そのものの食感を大事にしています。熟成よりも鮮度派ですね」。旬と新鮮は当たり前という野菜にしても、珍しいものが出れば試食して即座に料理の構成を考えるという。
コースはおまかせのみ。月に1〜2回内容を変え、リピーターには異なる献立を提供する。「五味・五法・五色で妥協のない料理を仕立てたい」というこの一本入魂の姿勢は変わらない。「私は料理人ですから、できることは料理を通じてこの町に貢献すること。石の橋のこちら側が過去と現在、向こう側が未来――をイメージした庭が象徴するように、老舗の名に恥じない店づくりを、この先150年、200年とこの場所と一緒に歩んでいきたいですね」。静かに、そして確かに。蔦茂はこの街に根を下ろし、新たな一歩を刻みはじめている。

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- 蔦茂
つたも - TEL : 052-526-6112
- 住所 : 名古屋市西区那古野1-18-3
- 営業時間 : 17:00~22:00
- 定休日 : 日
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